疲れを感じたのでスーパー銭湯に行った。毎日湯船に浸かりたいタイプなのだがシャワーは好きではなく、自宅の風呂場を掃除するのも好きではない。そのため普段は登録しているスポーツジムに足繁く通い、そこで湯船に浸かったりサウナに入ったりしている。
今日はそのスポーツジムは早く閉まる日で、起きたら18時だったので、ゆで太郎に蕎麦を食べに行き、その足でスーパー銭湯に行った。
外には自転車がやたら多く止まっていた。何でだろうと思ったがその日は8/31で、学生が夏休みの最終日だったようだ。21時半からアウフグースをするとのことで、せっかくなので久しぶりに体験してみようと思った。アウフグースというのはいわゆる”熱波”だ。熱波師が熱されたサウナストーンにアロマ水をかけ、タオルを振り回して利用者に熱波を届ける。短時間でも発汗作用が高く、爽快感が得られるとされている。ただ、個人的には扇風機でいいのではないか、と考えている。タオルを振り回すより、大型の扇風機で熱波を届けた方が風は強く、熱波師の疲労も抑えられる。わざわざスタッフを利用者以上に汗だくにする意味が分からなかった。
近年は若い人達の間でもサウナ人気が高いようで、その日もサウナ室には20人程度が全裸で収まっている。昔と違うのはその多くがサウナハットというサウナに最適化された被り物で頭部を保護していることだろうか。尻の下に敷く折りたたみ式のゴムマットを持参している若者もいる。僕は流れで一番奥の窄まった場所に座ることになってしまい、気軽に脱出が困難な環境に置かれた。
サウナ室内に洋楽がかかる。大学生くらいの若い男性がバスタオルを3枚折りたたんで、サウナストーブ前の柵に掛ける。短い自己紹介が始まる。前半はカタカナで、後半は名字。熱波師ネームがあるらしい。熱波師は「3種類のアロマを使用して、3セット行います」と言った。そして手にしたアロマ水をサウナストーンに塗布し直後、舞い出した。手にした白いバスタオルは頻繁に持ち替えられ、その度にバサバサと音が鳴る。大きく揺れるタオルの視覚効果は強く、強烈な熱波の来襲に身構えるが、思ったほど熱くない。何故なら出入り口の扉が開け放たれているからだ。
1セット目が終わり、熱波師は扉を閉じる。流していた洋楽を低音が響くものに切り替えるとこれからが本番、という気配を漂わせるが、無言で2種類目のアロマ水を散布し、そのまま2セット目に入った。間でトークを挟まないタイプの熱波師だ。いるのかそんな存在が。着ているTシャツは既に汗だくだが、その動きはよりダイナミックなものとなる。想像よりすごい。想像よりというか、5年くらい前に経験した際はもっと力技でタオルを振り下ろし、とにかく熱を最大化するようなやり方だった。そこに多少のトークを添えて、という感じだったはずだが、もはやトークも挟まず、熱波もそこまで来ない。見せられているのは”舞”なのだ。音楽に合わせて舞う。曲に合わせてセレクトされるアロマが変わる。そして、おまけ程度に熱波が来る。
たまに来館するスーパー銭湯ではあった。主に来るのはスポーツジムが休みの日で、その際アウフグースは長いこと体験していない。しかしそれでも、練習なのかタオルを振り回すスタッフのことを、外で目にすることはあった。いま目の前で演舞している男性がそのスタッフなのかは分からないが、喫煙所の近くでそれを繰り返す様子を見た際は、腑に落ちないものがあった。扇風機で代替できるのではと思っていたし、この技能が将来役に立つ可能性は極めて低い。こんなことを言うのもなんだが、意味のよく分からないことに労力を費やしているように思えた。
第3セットが始まった。何かがサウナストーンにぶち撒けられ、よりアップテンポな曲に切り変わる。熱波師の動きは更にダイナミックさを増し、Tシャツは汗でぐちゃぐちゃになっている。3セット目ともなると室内にいるだけで暑さで苦しいのに、この状態でこの人は、バスタオルを手にして激しく身体を動かしている。大丈夫か、苦しく無いか? 健康に悪く無いか? それにこんなこと言うのもなんだがこの技能、将来役に立つか? 就職で活かせるか? 分かりやすい資格とか取った方が潰しが効くんじゃないだろうか。どうなんだ。
しかしこの辺りで気づきがある。息を荒くしながらタオルを振り回している彼、クソ暑い空間でしなくてもいい選択の元に苦しさに耐える彼に、シンパシーが生まれる。もしかすると、自分も同じことをやっていたのでは。実のところ意味がないかもしれない努力。タオルを振り回すか、タイピングを繰り返すか。そのアプローチが違うだけで、彼と僕はもしかすると同じ志を胸に、どこか同じような場所を目指しているのではないか。そう思った次の瞬間、熱波師の手からバスタオルが離れた。そういうパフォーマンスかと一瞬思ったが、彼は即座にそれを拾うと、すぐに演舞に戻る。単純なミスだが、何か胸を打つものがある。そのミスに対しサウナ室内の誰かが拍手を始め、他の誰かもそれに続いた。室内が拍手で満ちた。
最後のセットが終わると彼はバスタオルを折り畳んで、僕に握手を求めてきた。「なんで?」と思ったが、僕は「ありがとう」と返して、両手で握手をした。全員と握手をするのだろうと思ったが、僕だけだった。何これ。 一番奥まった席に座っていたから? それとも同じ志を持った存在だということが伝わったのだろうか。
サウナ室を出て、シャワーを浴びてから水風呂に入る。その後休憩して、自販機でハーゲンダッツを買って、ちまちま食べてから帰った。