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安全ではありません

『マンガ大賞2016』ノミネート全11作品感想

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去年やったやつ。今年も一通り読んだので書いていきます。以下あいうえお順。

岡崎に捧ぐ』/山本さほ

かわいい絵柄の、ノスタルジックな自伝的漫画。笑えるし、ちょっとだけ切ない。

タイトルが特徴的なので、まず「岡崎のいま」が気にかかるわけだが、去年の『かくかくしかじか』に置ける師匠のようにその死が示唆されているわけではない。おそらく健在だろうとは思っていたが、作者のツイッターでは普通に岡崎とのLineのやり取りがアップされているらしい。
1巻は小学生編。岡崎を中心に作者と旧友の交流が描かれ、回顧的に描かなければ『ちびまる子ちゃん』のような雰囲気かもしれない。しかしTVゲームを中心にした30歳前後の世代が懐かしく思うであろうその遊びの描かれ方は、『ピコピコ少年』のような雰囲気でもある。
2巻は中学生編になり、1巻には無かった人間関係の煩わしさ、成長に伴った身体の変化や恋に決断と、難しい年頃の葛藤も描かれる。個人的には中学生編の方が好きで、2巻から読んでも楽しめると思う。笑いをとることに執着する作者の中学生時代にはとてもシンパシーを感じた。男女関係なく、そこに存在意義を見出してしまう奴は一定数いるんだよなって。

恋は雨上がりのように』/眉月じゅん

少女漫画より少女漫画。ただし17歳のその娘が思うのは冴えない45のおっさん。

これがスピリッツで連載されているのかという驚きを抱いたほど、淡い恋物語。但し45のおっさんに表面上魅力は乏しく、その辺は翻ってスピリッツ読者層の共感を得やすいポイントかもしれない。実は純文学大好きという、女子受け要素(分からんけど)もあったりするわけだが。見た目はパトレイバーの後藤小隊長っぽい。
ヒロイン視点で描かれており、その辺も少女漫画っぽいと思った一因かもしれない。しかしポエミーな要素は少なく、爽やかな印象。恋を中心に描いた『高校球児 ザワさん』って感じかも。陸上に打ち込んでいたが怪我で断念してという設定も、その辺の印象に影響を与えている。……と思ったけど、ザワさんもスピリッツ連載だっけか。そう考えるとこれは『高校球児 ザワさん』の後継作といっていい立ち位置なのかもしれない。
特に他の変化球な要素の少ない恋物語を高く評価するのは個人的にどこか抵抗があるのだけど、これは良い恋愛漫画だと思う。おっさんホイホイ的な意味でも。

ゴールデンカムイ』/野田サトル

明治の北海道を舞台に金塊を探し求める特異な設定の漫画だが、その実半分はグルメ漫画という、近年稀に見る独特な漫画。でも面白い。

金塊の在り処は複数の囚人の皮膚に彫られた刺青に隠されており、その囚人の皮膚の皮を巡って陸軍師団や元新撰組副長率いる集団と争うことになる。その争いをシリアスにアクション中心で描いてもきっと面白い筆力がありながら、何故か頻繁に顔芸で笑わせにくる。そういった意味では近年だと『シドニアの騎士』に近い。が、グルメ要素はなんなの。しかも結構な比率である。このグルメ要素は主人公の相棒であるアイヌの少女由来のものが多く、それ故かしょっちゅう野生動物の脳に塩をかけて生で食そうとする。色々わけわからん。
作者の好きな要素てんこ盛りな漫画なのかもしれんが、それをしても破綻することなく、各要素を楽しめる。この感覚は稀有であり、新しさと面白さの両立は新感覚ではある。

ダンジョン飯』/九井諒子

ロールプレイングゲームダンジョンに巣食うモンスター。あの空間に置いて、食料に困ったらあいつら食う手段もあるよなという、そういう発想から生まれたグルメ漫画

この漫画が面白いことは、既に2016の『このマンガがすごい!オトコ編』で1位を取っていることからも明らかなわけだけど、話題になり始めた頃の『聖☆お兄さん』や『テルマエ・ロマエ』と、受賞のノリが似てるなと。アイデアの勝利であり、インパクト勝負というか。このマンガはきっとギャグマンガ・お笑いマンガとしてのカテゴライズはされないだろうけど。
個人的な話をすると、俺の物語の原体験には「RPG」が強く刻まれており、その点でもこの漫画は好きなテイストの漫画である。にも関わらず、ここまでの評価はどこか引っかかるものを感じる。既に散々褒められてるから、天邪鬼なだけかもしれないけど。
この作品のアイデアは完結が近づくことによって収束されて増大されるタイプのものでは無いだろうし、それ考えると同漫画家の『ひきだしにテラリウム』や『竜の学校は山の上』の方が上やんけ、という気持ちがあるのかもしれない。掌編で毎度プロットで勝負していた過去作の方が、アイデア勝負という点では高く評価できるんじゃないかと。予想を裏切ってモンスターの調理の先にさらなる仕掛けなりドラマが待ち構えてたらうけるけど。
※言葉選び間違った感ある。面白いのは前提です。

東京タラレバ娘』/東村アキコ

アラサー女性3人の、こじらせ親父視点コメディー。

「女性作家がそれ描いちゃうのかよ」的な意味で、1巻の時点で衝撃的だった漫画。連載開始後すぐに話題になったので、既刊4巻にして今更感がある。このブログでも過去に記事にしてる。(東村アキコが『東京タラレバ娘』で踏み込んだタブーについて - 必需品ブログ
あと3冊くらい巻を重ねたらTVドラマ化が濃厚な漫画だと思うけど、一定数強烈に拒否感を抱く読者がいるというか、いろいろ功罪のある作品な気がする。アラサー女性は痛みを感じ、それを読む男性は優越感のようなものを感じるという。どこか親父視点の芸能誌を読んでいるような感覚になるのはきっと、作中の絶対正義的なポジションに辛辣な言葉でヒロイン達を責める、金髪イケメンの存在があるからだろう。作者は自分が思っていて同性のアラサーに言ってやりたいことを、この金髪イケメンに委ねてる。
残酷なことを描いてるけど、もともとギャグ作家といっていいレベルの笑いを提供できる漫画家なので、そのユーモアで上手くカモフラージュしている。売れるだろうと思ってたら案の定売れたし、TVドラマ化したら話題になるだろう。面白いかどうかでいったら、俺は面白いと思う。でも素直に賞賛するのはどこか抵抗を感じるという、そういう漫画。

とんかつDJアゲ太郎』/イーピャオ・小山ゆうじろう

とんかつ屋の長男として昼はとんかつを揚げ、夜はクラブで客のテンションをアゲる。そんなとんかつDJを目指すアゲ太郎の成長譚。

DJとしての音楽漫画、とんかつ屋としての料理漫画をハイブリッドさせた、変な漫画。ベースはギャグ漫画なのだけど、そのギャグで笑えるかといったら微妙だと思う。
「DJ」というメインでは扱われにくい題材を描いていることもあって、サブカル臭が漂う。とんかつ屋での経験や技術がDJにも生かされるという「何それ」な展開が多い。一読するとDJカルチャーを紹介するふざけた漫画といった印象なのだけど、巻が進むごとにアゲ太郎が少しずつ成長する。DJとしてもとんかつ屋としても成長していくので、そこがこの漫画をただのふざけた漫画という印象から少し遠ざけている。
下手うまな絵の効果かその絵で成長を描くからか、80年代的な雰囲気があるかもしれない。

『波よ聞いてくれ』/沙村広明

泥酔した際の出会いから、ラジオパーソナリティーを任されることになる女の話。

第一話がネットで無料公開されていて、公開された当時話題になった漫画。酒癖が悪く、容姿は整っているものの残念な女性が主人公。こいつには喋り(アドリブ)の才能があって、この才を使ってラジオの世界で戦っていくことになる。
喋りで戦うっていうと、どうしても『べしゃり暮らし』を思い浮かべてしまう。『べしゃり暮らし』はお笑い芸人を目指すコンビが主人公で、正確には「喋りで笑わせる」ことで戦う物語だった。”戦う”って言葉に違和感抱く人もいるだろうけど、俺ん中ではそういう感覚。
そこでは「笑い」を直接描くのでは無く、「お笑いを目指す人達のドラマを描きながら笑いを取りにいく」という、二重に難しいことに挑戦していた。笑いをどの程度取れたかについては意見が分かれるだろうけど。
『波よ聴いてくれ』の喋りは「笑える喋り」ではなく「面白い喋り」を描くことになるだろうから、正直前者に比べれば難易度は低いとかなと。でも、基本的にコンビではなく一人で喋ることになりそうだから、コンビ間の対立や葛藤は描けない。その辺はいくらでも上手くやる作家だろうけど、どうなんすかね。
あと、この作品はTVドラマの原作向きというか、恋だったりラジオパーソナリティに限らない職業だったりの部分をきっちり描いていくことになるんでしょうきっと。
第一話はこちらから読めます。(波よ聞いてくれ/沙村広明 第1話「お前を許さない」 - モーニング・アフタヌーン・イブニング合同Webコミックサイト モアイ

百万畳ラビリンス』/たかみち

巨大な迷宮に閉じ込められた女2人の、そこからの脱出劇。あるいは、変な女が巨大迷宮を掌握するまでの物語。

個人的には今回のマンガ大賞に置ける「発見」といっていいタイトル。どうしても先に『このマンガがすごい!』の発表があるからマンガ大賞って既知の作品の再確認になりやすいので。
上下巻できっちり纏まっており、作者があとがきで述べているように、オープニングを書き出した時点でエンディングまで決めていたんだろうな、という感触の作品。高い画力と、迷宮の不思議空間っぷり、ヒロイン2人の掛け合いも面白く良く出来ているのだけど、上巻はほぼ2人の掛け合いのみで展開するので、舞台が魅力的でも少し長く感じた。
下巻は世界が広がり、謎が明らかになり、ヒロインの片割れの内に秘めた野望の判明に結実と、熱い。
ヒロインのキャラクタや作画的に『それでも町は廻っている』が好きな人は楽しめると思います。

BLUE GIANT』/石塚真一

世界一のプレイヤーを目指す少年とその仲間の、泥臭いジャズ漫画。

去年のマンガ大賞でノミネートされていた作品で今回もノミネートされているのはこの漫画と『僕だけがいない街』の2作のみ。最大巻数が8巻までという、ノミネート作品の規定もあるわけですが。
去年このタイトルについては簡単に書いたし、その時と印象は変わらずです。泥臭くて、青臭い。ひたむきすぎる努力。他の音楽漫画に感じることの多い、クールさやオシャレさの薄い音楽漫画。
物語の現在としては、一人で練習し演奏していた少年はピアニストとドラマーの仲間を得て、7巻時点ではジャズトリオを結成。少ないがジャズによる収入を貰うことにも成功し、より大きな舞台に立つべく奮闘している。
僕自身、新刊が出るたび継続して買ってる漫画だし、第一回マンガ大賞受賞作品『岳 みんなの山』の作者タイトルでもあります。ハズレと感じる人は少ないかなと。

僕だけがいない街』/三部けい

「リバイバル(再上映)」という武器を持って臨む、現在と過去を行き来しながらの、ある事件の犯人探し。そして物語はクライマックスへ。

この手のまだ注目を浴びていない秀作を発掘する賞的なものに置いて、長いこと居座ってる感のあるこの漫画。この1年間で2冊しか出ていない刊行速度を考えるとそれは仕方のないことなのだけど、アニメ化も決まったわけだしもういいだろという気がしないでもない。
でも、直近の6巻・7巻に置いてリバイバルを持って望んだ「やり直しの過去」には勝利でないもののひとまず決着がつき、その時間軸に置いて物語冒頭と同じ年齢の「先が見えない現在」に辿り着いた。そして、今まさに終局を迎えようとしている。あと1冊か2冊で終わるんだろうけど、面白さのテンションを落とさずにここまで来たのは凄いしどう収束するのか楽しみでもある。

町田くんの世界』/安藤ゆき

物静かなメガネの高校生男子、町田君。彼はその風貌に反し、勉強が出来るわけではなく、運動は案の定できない。そんな彼を中心に描く、日常。

ちなみにそんな運動も勉強も出来ず要領が良いわけでもない彼には、作中で「ナチュラルボーン」と呼ばれる人たらしの才があって、それは彼自身の「人が好き」という特性に由来している。嫌味無く人に好かれるのが彼の強みであり長所となっているが、彼自身にその自覚は無い。
掲載誌が別冊マーガレットなので、女性受けするキャラクタがヒーローになるのは当然ではある。けど、この漫画は町田君のキャラクタの一点突破といってもいい作品。それは悪い意味では無く、新しくて魅力的なキャラクタを作りそれを主人公に据えれば、それだけで物語を読ませる強力な原動力になることを証明している。
とはいえ、キャラの魅力が町田君に集中してしまっている感はある。女キャラは少女漫画なので等身大を心がけてるのかもしれないけど、あわよくば男性読者の自分としては女キャラにも心掴まれたかった。あと、町田君と対を成す違った魅力のヒーローも欲しいところ。

以下、雑感。

変化球のグルメ漫画が3作選ばれている。いや、『ゴールデンカムイ』はさすがにグルメ漫画じゃ無いかもしれないけど、とにかく「グルメ」はいま漫画界のトレンドなのだろう。ジャンプには『食戟のソーマ』や『トリコ』があるし、うすた京介もあんな感じの漫画始めたし。『孤独のグルメ』あたりからなんすかね、この流行って。元々ずっとグルメ漫画はあったぜって言われそうだけど、今のこの目立ち方だったりタイトル数はやっぱりトレンドだという気がする。

男を主人公にした少女漫画の比率がどの程度なのか分からないけど、話題になる少女漫画に男性主人公の作品が多いように感じる。今回だと『町田くんの世界』だったり、ちょっと前だと『俺物語!!』だったり。さらに遡ると『坂道のアポロン』とか?『ハチミツとクローバー』も竹本くんが主人公だったわけだし。少女漫画に置けるそのヒロイン像はもしかしたら飽和状態で、主人公に男を持ってくることで今までにない世界を目指してるのかも。単純に、男目線にすることでそのヒーローが魅力的なら女性読者のみならず、男性読者の獲得にも繋げやすいのかもしれない。普段買わない層も取り込めれば当然ヒット作になりやすいわけだし。

さて、今回のノミネート作に、前回大賞の『かくかくしかじか』や、このマンガがすごい!で1位の『聲の形』並の傑作があるかといったら、正直微妙だと思う。あの2作は人気漫画が長期連載化されやすい昨今において、中編といっていい長さでそれぞれ時代を代表できる、漫画史に残るといっていい傑作だった。東村アキコは『かくかくしかじか』で自伝漫画・エッセイ漫画に置いて現代最強の描き手であることを証明してみせたし、大今良時は『聲の形』で漫画というジャンルに新しい地平線を切り開いたといってもいい。その2作に比肩できる作品がこの中にあるかといったら、悩ましいところではある。なんせまず、完結が見えてる作品が少なすぎる。やはり完結することによって下せる評価や完結加点のようなものがあると思っているので。
今回でいうと『僕だけがいない街』は間も無く完結を迎えるだろうし、名作といっていい出来だと思う。前述した2作に比べると天才の仕事ではないけど、だからこその凄みがある。タイムリープでのやり直しの物語は斬新なアイデアでは無いし、圧倒的な画力がある訳でも、飛び抜けて個性的なキャラがいる訳でも無い。にも関わらずこれだけ評価されているのは抜群に構成が上手いからで、構成こそ物語作家が努力で磨ける最たるものだと思わされる。でもコマ割りはセンスとかいうし、どうなんでしょ、そこも飛び抜けて上手い人はやっぱりセンスというのは否めないか。既に主人公が追い求めていた事件の犯人が判明しているので、最後どう収束させるのか見もの。
百万畳ラビリンス』はエントリー中唯一の完結作。この作品のテイストがハマる人にとっては今後、1巻完結の名作と名高い『ネムルバカ』や、3巻完結の『レベルE』と並んで、短い巻数で完結した漫画の名作として語られるかもしれない。レベルEは言い過ぎかもしれないけど。

最後に去年みたくノミネート作の私的順位をやろうと思ってたのだけど、ここまで書いたら満足してしまったので、大賞の予想だけしたいと思います。
ゴールデンカムイ』かな。どこか新しいし、面白いし。もしくは『恋は雨上がりのように』。
以上になります。