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「メディアクリエイター」を名乗るなら「ブロガー」でいいような気がする

だって、よりダサくなっちゃってるじゃん。
 
確かにブログを書く人々の呼び名である「ブロガー」は名乗りたくないというか違和感があって、これまでに多くの人から様々な呼び名の提案があった。
俺はまず実生活に置いてそういった名乗りは挙げないけど、自分の中では「日記書き」くらいの感覚でいる。これが自分の感覚と身の丈には合っている。
 
リンク先の人はブログでそこそこ稼いでいるようなので「日記」という感覚で更新はしてないだろうけど、それを書いていることを友人などには隠している。それは記事を読む限り「恥ずかしい」という感覚によるもので、その感性は至って正常なものだ。ブログに対する世間のイメージを敏感に察知しているし、自分に文才が無いことも自覚している。まあ「プロブロガー」に必要なのは文才ではなく他の能力だと思うけど、自分が勝てないと思う場所で戦わないのは賢い選択と言えるかもしれない。
 
にも関わらず、何故「メディアクリエイター」などと名乗ろうとするのか。何故こんな嘲笑の対象に成りかねない肩書きを選択したのか。理解に苦しむ。
自分を大きく見せる肩書きや今までに無い肩書きを創出することに意味が無いとは思わない。その肩書きに見合った自分になろうと努力するかもしれないし、少数派の肩書きで周りとの差別化が出来るかもしれない。でも、なんで「メディアクリエイター」なの。
 
この肩書きって、どうしても「ハイパー」が頭に付くその肩書きを連想してしまう。横文字という時点で胡散臭いのに、連想される類似の肩書きと人物像が彼。なんだか得体が知れないし、連想されるそれの縮小版だし。あと、そこはかとなくアホっぽい。
 
横文字の肩書きがカッコいいと感じる人はもしかしたら多いのかもしれないけど、自分の場合は「カッコイイ」の感性に乏しいのもあって、どうしても胡散臭く感じてしまう。それに、ちょっと大仰な印象もある。「媒体を作る人」みたいなことでしょ、メディアクリエイターって。でもその実、主な活動や収入源はブログなわけじゃない今のところ。なんか大仰だなって。
 
「若い人の挑戦を否定し始めたら老害」みたいな言葉もある。この人が結果出してその肩書きに相応しくなればいい話かもしんない。でも、よりによって何故これなんだ。先駆者であり強化版でもある「ハイパー・メディアクリエイター」という肩書きですら、実績を残した今を持って(笑)を含んだ消費のされ方してるじゃん。どうしようもないと思うんだよね。
 
漢字でいいじゃん。「自由人」とかさ。これもアホっぽいけど、カラッとしてるよ。短く刈り揃えた短髪っていうか。対して「メディアクリエイター」って、常時前髪気にしてそうなんだよね。あと襟足長そう。
 
肩書きって、髪型みたいなもんな気がする。コンテンツは顔面かな。内面かもしんないし、仕事そのものかもしれない。俺は結構ハゲてるから、選択肢が無いんだよね。短く刈るしかない。もうそこで勝負できないから、コンテンツに執着しちゃう。自分が面白いものを作れるという自信よりか、人の面白いコンテンツこそを評価したいみたいな。
 
肩書きじゃないけど、名作競馬漫画『みどりのマキバオー』の作者の名前、「つの丸」だぜ。やっぱコンテンツだと思うんだよね。
 
ちょっと着地分かんなくなっちゃったけど、結局「肩書きなんてなんでもいい」っていうことが言いたかったのかもしれない。この文章は大雪で全然進まない今日の朝の電車の中で主に書かれました。