必需品ブログ

安全ではありません

その娘は僕の水の入ったコップに、レシートを突っ込んで居なくなった

大学2年の今くらいの時期だったと思うのだけど、男女2:2でドライブに出かけたことがあった。富山という友達が計画したものだった。

富山は当時、軽の赤い車を中古で20万ほどで買い、意気揚々とそれを乗りこなしていた。なんでこれを買ったんだという、サンルーフが開くことだけが取り柄のその車。僕は富山のその車の助手席に乗り、その日ドライブへと向かったのだった。

まずはYさんを迎えに行った。Yさんはオレンジ色の髪の毛をしていて、古着のロングスカートが履いていた。僕はYさんを好ましく思っていたので、富山グッジョブじゃんと思った。たわいの無い話を3人でした。富山は軽の赤い車の中でサングラスをかけており、車内ではドラゴンアッシュが流れていた。僕はリンドバーグを流してほしい気分だったのだけど、富山の気分はその日ドラゴンアッシュで動かなかった。でもいいやと思った。何故ならその日は晴天で、Yさんも富山も笑顔だったからだ。僕は今日は一日楽しめそうだと、心を弾ませていた。

車を走らせ、次にNさんを拾いにいった。どうでもいいが「拾いに行く」っていいな、車がないと言えないやつだ。Nさんはボーイッシュな格好でキャップを被り、国道の端で待っていた。「どーもどうも」とラフな感じで車に乗り込んできたNさんは、開口一番に言い放った。「富山、この車はなくね?」

確かにこの車はなかった。でかいチョロQのようなその車。前二人はまだしも、後ろの二人は荷物のような乗り方をしなければいけなかった。Nさんの発言を耳にし、僕とYさんはあははと笑った。でも乗ればみやこだから、そんな言葉を返した。しかし富山はその後、およそ2時間にわたり一切口を開かなくなった。

僕はそんなことがあるのか?と思った。いや、今考えてみれば分からないでもない。学生がバイトで金を貯め、本人にしたら気に入っていたその車を否定されたわけで、気分を損ねる気持ちは分かる。しかし無言は良くない。お前が言い出した企画じゃないか、なんとか対応しろよ。

道中、コンビニの駐車場に停まると、富山はトレイに行くと言ってひとり車を降りて行った。Nさんは後部座席から助手席の俺に聞いてきた。
「ねぇ、あれ私のせい?」
僕は「そうだよ」と答えた。軟式globeの人の「そうだよアホだよっ」が脳内で流れた。

富山は無言のまま、僕ら4人は昼時になったのでファミレスに入った。ファミレスでも相変わらず言葉を発さない富山。重苦しい空気が4人のテーブルを包む。
そんな中、オーダーした僕らの料理を、女性の店員が持ってきた。この重苦しさを察してか察しないでか、明るい対応の店員さん。「以上で宜しかったですか?」と聞いてくるので、「はい」と答えると、店員さんは「ごゆっくりどうぞ」と口にし、僕の水の入ったコップにレシートを突っ込んで居なくなった。

僕は「え」と思った。明らかに目の前で、異常な光景が展開されている。どういうことだろう、よく分からない。あの明るい対応はなんだったのか。

しかし暫くして理解が追いつく。ファミレスの伝票を入れる、透明な筒のようなものが分かるだろうか。斜めにカットされた、透明なツツ。店員さんはその筒と僕のコップを見誤り、水の入ったそれに、どうやらレシートを突っ込んで居なくなったようなのだ。コップの中で店員さんの入れたレシートが、少しずつふやけていく。僕はそれに気づいた時、思わず吹き出した。

重苦しかった空気の中、突如笑い出す僕。テーブルの3人は「クスリ?」といった表情を浮かべて来たのだけど、構わず僕は目の前で起こったことを説明した。テーブルは笑いに包まれた。

その後、僕は店員さんに「あなたはさっき水の入ったコップにレシートを突っ込んでいったんですよ」と伝えた。すると店員さんは「あ、す、すいません〜。うふふ」といった感じだった。どうやら元から明るい人らしい。

その後は普通に楽しかった。ビリヤードとかした。富山も会話に参加するようになり、なんとか一日が終わった。僕はファミレスの店員さんに感謝した。


後日談としては、そのドライブから暫くして富山とYさんが少し付き合った。僕は「あの日の富山のどこに惹かれる要素があったんだ?」と不思議だったのだけど、もしかしたら無口なタイプが好きだったのかもしれん。
まあ無口っていうのとは違う気がするけど。