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『げんしけん』と『ハチミツとクローバー』と、俺

今月号のアフタヌーンで『げんしけん』読んでて、班目ハーレムがいよいよ終局というか彼がついに誰か一人を選ばなきゃいけないという展開になってて、

「まだやってんのかよ!てか、それでも決められねえのかよ!くじ引きで決めるってなんだよ!ここに来て『くじびきアンバランス』かよ!作中作にオマージュしてんじゃねえぞ『くじびきアンバランス』って何年前だよ!俺が大学生の時だから、10年以上前じゃねえか!いつまでモラトリアムやってんだよてめえ!こちとら地面這うように生きてんだぞ!?あれから10年、適応できねえ社会ん中で、頬の内側噛み締めながら耐えてんだよ!いや逃げることが悪いんじゃねえよ斑目、お前が会社辞めたことはいいんだよ。そうじゃねえ、咲のこと引きづってるのも仕方ねえ。けどよ、長えよ!いつまでそのユートピアを俺に見せつけるんだよ!もうお前が主人公じゃねえか!いや、お前は元々実質的な主人公だし、なんだったらヒロインだったよ。だから今いるポジションはわかる。しかし、しかしだよ、長え!いい加減決めてくれ!俺を苦しめないでくれ!咲とのそれは引きずっているとはいえ決着が着いたわけじゃん、だからもう行けよ次に!波戸くんでもいいよ、彼が駄目だったら駄目で成長があるじゃん!万が一うまくいったら班目は上がりだよ、笹原になれる。そしたら他のメンバーで本当の『げんしけん・第二期』が出来るだろ?お前がメインで扱われてる時点で、げんしけんはずっと一期のままなんだよ!……本当いうとそれでもいいんだよ、それでも楽しめるの。いつまでもうじうじやってる班目を見ててもね、本当は楽しめる。でもやっぱり、あいつはあの空間にいちゃいけない奴なんだよ。社会人であり仕事を辞めて宙ぶらりんの班目があの大学生のサークルでハーレムしてるっていうのは、停滞なんだよ。ずっと変われてない。咲にあの超遠回しな告白をして、ケジメは着いたんだろ?じゃあさ、もう次に行ってくれよ!笹原妹でもいいじゃん!笹原妹選んだら、咲の代替かよ!ってのはあるけど、代替で何が悪いだとも思うわけですよ。でも続かなそうだよな!波戸も、笹原妹も、続かなそうだ!アンジェラは現実的じゃないだろ?そうなってくるとスザンナかー!スザンナだよ!スザンナにしようぜ、ガチオタ外人女(日本語そこそこ達者)、かわいいだろ!あいつはありだよ。波戸と斑目の組み合わせとは別の、描くの難しそうだけど何か描けるだろ。もう決めてくれよ!てか俺げんしけん大好きかよ!嫌だよ俺ラブコメ好きだって言いたくないんだよ!もっとマニアッックだったりさ、邦画みたいな雰囲気だったり、頭脳戦の漫画をおすすめでっせ〜って言っていきたいの!ラブコメ好きだっていうのはね、隠していたいの!だからもうほんと、あの理想世界をいつまでも俺に見せつけるんじゃねえよマジでー!」
って思ったんですよ。序文長くなったけども。

俺が大学生だった頃、まあ今から13年前とかなんだけど、げんしけんってその頃から連載してたんだよ。げんしけんって「現代視覚研究部」のことでさ、当時そこまで市民権を得られていなかったアニメだったり漫画だったりを好む人たちのサークルをフィーチャーして、人気を得た作品だった。
俺は高校時代、運動寮に属してガチな体育会系を演じていたにも関わらず、大学入学を期に漫画家を志すという、痛い奴だった。漫画を一作も仕上げたことが無い上に、絵が上手いわけでも無いので、それは無謀な話だったのだけど。
そんな自分にとって、あのオタクなサークルは憧れだった。自分の通う大学にもそういったサークルが無いか探したりして、そして似たようなサークルはあったのだけど、それは俺が思い描いていたものとはだいぶ違くて、入るのはやめた。いま考えると俺は一見リアルが充実してそうなグループに所属していて、そのサークルを「自分が属するべきではない人達の集まり」と判断したんだと思う。酷い話だし、その手のサークルに憧れてたんじゃないのかよとも思うのだけど、それが現実だった。今のオタクやその手のサークルの見られ方と当時のそれは、やっぱりそこそこ違っていたというのもある。ともかく俺は大学当時、オタサーに所属することを拒否したにも関わらず、げんしけんの世界に憧れ、その憧れた世界が卒業後10年以上経っても続いていて、楽しませてもらっているわけだが、いい加減終われというか、次のステージに行ってくれと思っている。

同じように憧れた大学が舞台の漫画に『ハチミツとクローバー』があった。この作品は美大を舞台に恋愛と才能、それに選択を描いていたわけだが、同時にボロい学生寮での貧乏生活も描かれていて、前述したように高校生活を寮で過ごして漫画家志望でもあった俺は、「美大通いたい!この生活がしたい!あと鉄人超かわいい!はぐちゃんも好き!」となったわけだ。まあ俺が住んでいた運動寮では、大浴場で湯船に浸かる男たちが何故かみんな亀頭だけ水面に露出させるという「亀頭潜水艦ごっこ」が流行っていたりして、そこにハチクロのような少女漫画的キラキラは微塵もなかったわけだが。
hitujyuhin.hateblo.jp
高校時代そこそこ部活で活躍したので、流れに身をまかせると部活動推薦で大学が決まってしまい、大学に行ってまでスポーツに打ち込みたくなかった俺は逃げるように適当な大学に進んでしまった。計画性もなく進学したのもあって、失敗したなという気持ちを当時持っていた。もちろん楽しかったことは沢山あるし、より能動的になれば転学といった選択肢だってあったんだろうけど、結局「憧れ」の枠を出ることはなく、まあそれで良かったような気がする。なんか、どう転んでも今の自分に辿り着くような諦めがあるのだけど、それと同じ諦めというか、実現不可能だと分かっているからこそそこに見いだせる輝きみたいなものを、俺はハチミツとクローバーという漫画の中に感じていたのかもしれない。
大学卒業後しばらくして、『ハチミツとクローバー』が実写映画化された。俺はその試写会の抽選に応募したのだけど、抽選の条件に「あなたの大切な人に向けてのメッセージをお願いします」というものがあり、当たるとペアで観に行けた。なの俺は「今日君に伝えたい、世界一短い詩があるんだ。『好きだ』」と書いて送った。めでたいことに当選して、見に行った(一人で)。

『げんしけん』と『ハチミツとクローバー』。2作とも、俺が憧れて現実には過ごせなかった大学生活を描いた漫画だった。そして2作とも、自分の大学卒業とほぼ同じタイミングで、一度は完結した。前者は間を開けて連載再開し、今も続いているわけだが。
主人公たちの年齢と同じ時期に、しかもリアルタイムで味わえた物語というのは、やっぱり特別な思い入れを抱きやすい。この2作と共に大学生活を送った俺と同じような年齢の人たちって、例えば『新世紀エヴァンゲリオン』の放映時に14歳前後だったと思うんだけど、俺の場合、エヴァよりも『げんしけん』の方が、下手すると思い入れが強いかもしれない。

アフタヌーンの今月号でげんしけんを読んだ際の「ぐわー」という感情を燃料にここまで書いてきた。んで、結局結論的なものはないわけだが、おかげ様で賢者タイムのような心境に現在なれている。この心境で振り返るに、やっぱ斑目のことはもうちょっと見ていたいかな。ちゃんと選んで、なんならその相手との感情の結びつきを描いてもらって、そして2期のメンバーの誰かに主役のたすきを譲ってあげてほしい。
斑目って、1982年生まれって設定だったのな。作中の年齢24歳だかで止まってるけど。そりゃ俺の目線もじじ臭くなりますわ。