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ばばあの眼球を口に含んだ時の話

子供の頃、二軒隣の家に90を超えた婆さんが住んでいた。出生届が適当な時代だったとかで、本当の自分の年齢が分からないと言っていた。

この婆さんはとても元気な婆さんで、その年齢を感じさせないほど快活に喋り、辺りをうろついていた。確か「おつぎさん」と呼んでいた気がする。おつぎさんは異常に体力があって、よく山に山菜を採りに出かけていた。

おつぎさんは頻繁にうちにも来ていた。うちの婆ちゃんが生きていた頃は居間の掘り炬燵で婆ちゃんと話していたし、婆ちゃんが死んでからは同じ場所でうちの母ちゃんと話をしていた。自分のことを「オレ」と呼んでいた。子供の頃周りにいた婆さんは、みんな自分のことをオレと呼んでいた気がする。腐女子だったのかもしれない。

その日もおつぎさんはうちの家の掘り炬燵に座っていた。俺は畑にあるビニールハウスによじ登って選挙演説の真似をしていて、「よろしくお願いします!よろしくお願いします!」と言ったあと飽きて、家に帰ったらおつぎさんが帰宅するところだった。「ほんじゃあね」というようなことを言って杖もつかず帰って行ったので、俺はこたつのおつぎさんが座っていた場所に座ろうとした。

すると、その場所にビー玉が落ちていた。不思議な模様をしたビー玉で、僕は「へー」と思ったあと口に含んだ。飴玉くらいの大きさのすべすべしたものは、まず口に含むという習慣がその頃の僕にはあった。口の中できゃろきゃろとやっていたところ、チリリリリンとうちの黒電話が鳴った。母が出るとどうやらおつぎさんからの電話だったようで、俺に聞いてきた。「ねえ、その辺にガラス玉みたいの落ちてない?」僕はその歳にしてはなかなか賢い子供だったので、これのことだなと察して口からガラス玉を指で摘んで母に差し出した。母は少し後ずさった。

おつぎさんが元気過ぎて誰も気にしていなかったようなのだが、おつぎさんは若い頃に何かの拍子で片目がえぐれたということで、片方だけ義眼を嵌めていたのだった。入れ歯のような感覚で一度外してみたのかもしれない。それをこたつのテーブルの上に置いて、そのあと転がって絨毯の上に落ちたのだろう。僕はそれを口に含んできゃろきゃろやっていたのだった。

おつぎさんはその後も変わらず山に山菜を採りに行くのを続けていて、何年かして行方不明になった。地域の大人が総動員で山を捜索して、2、3日で見つかった。そのあとしばらくして死んだ。