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文章としかいいようがない

わりと頻繁に読んでいるブログのサブタイトルのところに、タイトルのフレーズが書かれている。俺はそれをなんとなく気に入っていて、たまに思い出す。

会社の就業後に、会社にある休憩室に残ってノートパソコンを開いて適当に文章を書いていることがある。今まさにそれをしているのだけど、これをしているとたまに「必需品さん何をしてるんですか?」と聞いてくる人がいる。見れば分かるだろと思うのだけど、画面を覗き込まない限りは動画を視聴している可能性もあるし、仕事をしているようにも見えるのだろう。だから俺は「文章を書いているよ」と答える。答えた俺は、どこかで期待している。「へー、文章ってどんなですか?」、そう聞かれるのを期待している。さすれば俺も「文章としかいいようがない」 そう答えたい。そして両掌を天井に向けて、肩の高さで上下させたい。鼻息の擬音は「フフン」です。片方だけ口角を上げて仰け反っています。

だけど微妙に聞いてこないんだよね彼ら。いや聞いてきたこともあったのだけど、その時はブログを書いていたのだけど、恥ずかしくてぼやかした。俺が未来から来た存在でロリ顏で巨乳だったら人差し指を唇に当てて片目を瞑り「禁則事項です」と微笑みたいところだったけど、現実はガタイのいい髪の薄くなったホームレス経験のあるおっさんだからね。蛇口をひねって涙を飲みました。涙の量は果てしなく、それは塩っ辛さを超えて辛酸と呼べました。私は辛酸で身体の中を浸したのです。

そういえば私は羞恥心がとても強いです。恥ずかしがり屋といえば聞こえがいいので、恥ずかしがり屋さんといいたいのですが、その羞恥心は傍目には闇と映るほどです。闇よりも暗くて、夜よりも深い。両腕のタリスマンが光りだします。私という存在は、実はこのタリスマンなのです。タリスマンである私は、先日飲み会の席でこう聞かれました。「たーちゃんって、オカマになりたいの?」 たーちゃんというのはタリスマンのことですが、それはブログ内設定の自分が現実に侵食してきた瞬間でした。

私はブログでよく「魔法少女になりたかった」というようなことを書きます。ウェディングドレスを着たいというようなこともいいます。これは実際に思っていることですが、私を構成する小さなピースの一つをブログ人格に当てはめたにすぎません。しかし遅筆な私がブログで時間をかけて認めた思考は、現実の会話に置いて自分の唇から即席で紡がれる言葉よりも重いのです。ブログ人格が、現実自分よりも饒舌に語り出す。私はその問いを受けた瞬間、恐怖を感じてとっさに否定しました。

「違うよ、オカマになりたいわけじゃない。グーでもチョキでもパーでもなく、俺はあいこになりたいんだ」

自分の中では、確か甲本ヒロトの言葉だったと思うけど、「俺は真っ白になりたいわけじゃない。洗いざらしの白になりたいんだ」と同じ味わいで放ったつもりでした。しかし現実は、ただのヤバい奴でした。私は形あるものではなく、概念になろうとしていたのです。

『魔法少女まどか☆マギカ』において、ヒロインの鹿目まどかは言います。「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、 私、そんなのは違うって、何度でもそう言い返せます。きっといつまでも言い張れます」。彼女はその希望を守るべく、物語の最後で概念となります。私にとってのあいこは、まどかだったのかもしれません。