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美少女

週末、料理教室みたいなところに通っている。「みたいなところ」としたのは料理教室ではないからなのだけど、ぼかしたいから仮に料理教室とした。別にパソコン教室でもビジネスセミナーでもいい。そこでは毎週末100人くらいの老若男女がただひたすらに穴を掘り、土を盛っては穴に戻すという作業を繰り返している。自分のシャベルは入所時に買わされ、まずそれに名前を付けるところから教育はスタートする。俺のシャベルの名前はヘルダイバー。仮面ライダーブラックRXの乗っていたバイクから拝借した。

そんな新興宗教セミナーなのだけど、そこでたまに喋る人に50歳くらいのおばさんがいる。このおばさんは50代に見えないくらいには若くて、娘が子役をしている。子役といっても今は18歳なのでそれはもう子役とは言わないのかもしれない。名前は聞いたことがあった映画で、ヒロインを演じたというそこそこ知名度のある娘。その娘がその教室のようなところに来た。

母親の様子見だか待ち合わせで来たようなのだけど、空間がざわついた。極端な美少女だったからだ。

他人に対する美醜の感覚って年を取るごとに段々鈍くなっていく気がする。皆がそうではないだろうけど、俺は鈍くなってる。可愛い娘は可愛いし、かっこいい人はかっこいいけど、もうその可愛いっていうカタマリの中での優劣みたいなものは割とどうでもいいというか。年を取るごとに面白さとか見えにくいものの占めるウェイトが増えていくのは当たり前かもしれないけど。でもおしゃれな人はなんとなくおしゃれだと分かるし、顔が怖い人はわりとずっと顔が怖い。

その娘がやってきたのは周りの男たちの反応で分かった。「誰あのこ」「なんでこんな場所にあんなこが」といった感じで、眼が全てその娘に向けられていた。俺も見たら確かに人形みたいだと思った。スタイルと肌の感じと佇まいが人形みたいだった。えらい透明感で異物が入ってきたのは誰の眼にも明らかだった。

原宿あたりを歩けば、タレントの卵のような人やモデルかもなという人は目にできる。でもそういう人のカタマリよりも上のカタマリというか、そんな感じだった。もはや力ですわああいうのは。

男の一人が「声かけなきゃ嘘でしょ、だってこの夏は一度きりなんだから」という、もう秋なのにとても台詞じみたことを言った。えっと思っていたら別なやつが、「あれ◯◯さんの娘さんでしょ」といった。少し間があって一同は「あー」と納得した感じになった。

別な場所にいた一回り上のおじさんがその娘に握手を求めに行った。「いつも応援しています」というようなことを言うので、ほんまかいなと思った。志々雄真実の弐の秘剣ぐれんかいなを思い出した。

「なんかドラマみたいだ」と、その時感じた。だって人がひとり入ってきただけでその空間がざわつき、「誰あのこ」「なんであんなこが」「この夏は一度きりなんだから」なんて台詞が飛び交う。けどなんだったんでしょあの恥ずかしさ。美少女とはいえ、いい年したおっさんが自分含めてざわついて、台詞じみたことを口走ってしまう感じが恥ずかしかったのかもしれない。

あと改めてだけど、美人は大変だなとも思いました。