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『旅のラゴス』にあった体系的読書

筒井康隆の『旅のラゴス』を読んだ。文明が衰退し後、超能力を得た人々が住む世界で、旅を続けるラゴスの一生を描いた連作長編。

旅を続けるラゴス最大の目的として、巨大図書館のような場所での読書がある。これにラゴスは作中で15年の歳月を費やすことになるのだけど、そこでの幅広い知識(周囲からは「全知」と言われるような)を得るための読書体系が面白かった。本当にこの道筋が正しいのかは分からないけど、筒井康隆が書いている説得力もあるしメモしておく。

次の日からは書物にのめりこみ、寝食を忘れた。もしニキタが食事を運んできてくれず、室内が暗くなりさえしなければおれは何日もぶっ続けに読みふけっていたに違いない。それらは夢に見た書物であった。書かれてあることのすべてが俺の心になだれこみ、魂を揺さぶった。それらの書物には移住者の、故郷の星における歴史や自然、風俗や芸術が写真入りで記されていた。数日後には、それらの書物から読みはじめたことがまことに正しかったことをおれは悟っていた。次にとりかかるのはいずれの書物軍にすべきかと書庫の中で迷いに迷った末、おれはまず思想・哲学書の一隅に立った。最初の一冊を読みはじめておれは音を上げた。難解極まりなく、それはかの星の歴史や政治形態に関する知識が皆無に近いjからであるに違いなかった。そこでおれはがらりと形而下的なものに対象を変え、実用書とでもいうべき農芸、鉱業、工業といった書物を読みはじめた。基礎知識は学校で教わっていたし、とにかく理解不能なものから九州していくのが自然の順序であろう。思想・哲学それにまた詩学などは、いわば最終的な書物なのだ。
初代の移住者が残した日記も魅力のある読みものであった。彼らの知性と精神の高貴さがそこからは読みとれた。建物内にある浴槽や便器の使用法を知ったのもその日記からであった。その便利至極な仕掛けは二千年経っても使用に耐えたのだ。そして建物の中は、真夏が近づいているにもかかわらず常に涼しかった。

4ヶ月後、おれは歴史と伝記に読み耽っていた。年代を追って史書を読み、核時代への理解を深めるため、それぞれの時代における重要人物の伝記はその時代の歴史に平行して読むという方法が、なんとぜいたくな、そして愉悦に満ちたものであったかは、かくも大量の書物に取り囲まれているおれにしかわからず、実際おれにしか体験できぬものであったろう。それは歴史理解のもっとも効果的な方法であったとおれは確信している。それにしてもかの星における歴史は長く、複雑でもあった。いつ読み終えるかもしれぬそれらの歴史をおれは散歩する暇さえ惜しんで読み続けた。といっても、焦燥とは無縁だった。かくも膨大な歴史の時間に比べればおれの一生の時間など焦ろうが怠けようがどうせ微々たるものに過ぎないことが、おれにはわかってきたからである。人間はただその一生のうち、自分にもっとも適していてもっともやりたいと思うことに可能な限りの時間を充てさえすればそれでいい筈だ。
歴史と伝記に関する書物を読み終えるのに約一年かかった。読み終えたときはふたたび秋になっていたからだ。本来ならば歴史を学びつつ各時代に書かれた文学も併読すべきであったかもしれない。歴史への理解の度はより深まったのかもしれないのだが、おれはことさらにそれを避けた。あまりにも愉悦が大きすぎるような気がして自らが不安だったからである。

まことに、歴史というのは学問をしようという者にとってすべての学問の基礎であり、最初の学問ではなかっただろうか。というのは歴史に続いておれが手をつけたのは政治経済関係の書物であり、おれはこれらに分類される書物のうちの政治学史、経済学誌より読みはじめたからである。もし歴史を学んでいなければこれらは理解不可能であったろうし、またこれらは政治学、経済学の本を読むための第一段階であった。ここを読破したなら、のっけに投げ出した哲学書、思想書への再挑戦への足がかりにもなる。

翌年の夏になったが、おれはまだ政治と経済にのめりこんでいた。これは泥沼であった。想像するに、実際の政治や経済の面白さ以上の面白さがそこにあるからではなかっただろうか。社会科学には一種の麻薬じみた中毒性が感じられた。

政治学の延長で、おれはいつの間にか社会学し、社会運動史、労働問題などの書物に読み耽っていた。複雑ではあったが北方緒都市ではすでに起こり始めている問題がいくつも出て来たりするので、おれはむさぼるように読み続けた。解決策が提示されているものもあり、政治形態が改まらぬ限り解決できぬていのものもあった。おれはこのころからノートをとりはじめた。それまではいちいち以前に読んだものをもう一度読み返していたのだ。読み返したために新たな発見があったり真の意味が理解できたりすることもあり、それはそれで効果的な学習法でもあったのだが。そしていつの間にか5年が経過していた。

ついに我慢できなくなり、おれは小説の類に手を出した。のめりこむことをおそれおれはせめて難解な古典から順に読んでいくことを自分に課した。しかし古典の難解さは実は古語の頻出のみに由来し、描かれている内容はその社会や時代の背景がわれわれのこの世界と似ていることもあって実に用意二理解できるのだった。それらは壮大なロマンの世界であった。喜劇も悲劇もすべて物語の枠組みの中で高い拡張を保っていた。自分のいる世界を忘れさせるそれらの小説はまさに麻薬であった。おれは自分の住むこの世界における小説がまだまだ完成されていないことを思い知った。過酷な環境のせいで人口増加がないからだろうか、と、おれは考えた。こういう成果は何千人も何万人もの小説家が挑戦し続けてこそ可能であり、何十万何百万という小説の大群の中からやっとひとつかみのものが芸術の水準に達するのであるに違いなかった。

あまりにも小説にのめりこんだため、なんとなく論理的な思考が失われはじめているような気がしてきたので、おれは解剖学区の本に手を出した。しかしこれは暗記をせずにただ読むだけですますわけにはいかず、なかなか先へ進まなかった。何かいい方法はないかと考えた末、医学史を平行して学ぶことにした。医学誌が近代へ近づけばやがて科学関係の知識も必要となってくるであろうから、その頃から科学しを平行して読みはじめようという予定も立てた。しかしそうした方面の書物はあきらかにおれ向きではなかった。小説もあいかわらず読み続けていたので、ともすればそちらばかりを読み耽ることになり、科学関係の読書は遅々として進まなかった。

ここでラゴスは、タッシオという暗記を得意とする少年の力を借りることにする。

タッシオはキチの村の小さな塾で読み書きを学んではいたが、古語は読めず、また図表や図式の記録再現能力ないということであった。しかしおれにしてもタッシオを単なる記録機械として扱う気はないので、まず彼に解剖図を暗記させることからはじめた。ついで医学誌に移った。おれ自身、現代語に翻訳しながら音読することによって黙読するよりも理解度はさらにたかまったし、傍でじっと聞いているタッシオも彼なりに、理解出来る部分は理解している様子だった。

タッシオには医学史と平行して科学史をも暗記させることにした。一ヶ月前に暗記した筈のところを暗誦させてみると一語一句違わずに繰り返したが、それらはすべておれの声、おれの抑揚での再現だったからまことに妙な気分だった。タッシオが暗記に疲れると彼を休ませ、おれは小説を読んだ。文学は時代を追って進歩し、人間性を主張しはじめていた。描写は洗練され、技巧は練熟の域に達しはじめていた。

このあと二人はしばらく発電装置を作ったりと電気の実験に時間を割く。

タッシオはまだ続けたい様子であったが、五ヶ月ばかり没入した電気の実験をわたしは中止した。ウラニウムが発見された段階でわたしは科学史をタッシオに読んで聞かせることも中断し、以後は病理学を暗記させることにした。わたし自身は、小説を中断してふたたび哲学に戻った。今度は哲学史から読みはじめたため理解度は以前よりも大きかった。わたしの人間を見る目や世界観、さらに人生観は二転、三転した。めまぐるしいほどの視野の移動と拡大があり、わたしの思考力、特に認識力は翻弄された。巨大な奔流が次つぎとわたしに襲いかかってきた。時おり読むことを中断しない限り精神が再現なく危険な状態に近づくのを避けることがでっきなかった。特に厭世的な哲学は大いに危険であり、わたしの精神の健康な部分はそれらへの抵抗で加熱状態になった。それを冷静なものに戻すためにはまたしても科学に戻る必要があった。

さらに八年、わたしはボロに滞在した。

また、夏が来ようとしていた。旅を始めるにはいい季節かもしれなかった。どこかで夏と行き違いになれば、以後は夏に追われて旅を続けることになる。旅をはじめようとしていることを誰にも悟られぬよう、わたしはひそかに準備をし、王室の金を少しばかり身につけ、学問の成果を凝縮したたった二百枚の羊皮紙を束ね、ほんの身のまわりのものだけをひと包みにした。

引用はすべて「王国への道」という一編から。