全く知名度のない傑作競馬漫画、久寿川なるお『イッキ!!』

 「競馬」はお金をかけてするギャンブルなわけだけど、ドラマの題材として極めて優秀だ。観客の視点からもそれはお金をかける一人一人のドラマだし、今そこにいる競走馬たちの血統というドラマでもある。しかし視点を育てる側、さらには馬自身に持ってくるとよりドラマとしての値打ちは高まる。競争なわけだから勝ち負けがあるし、調教は人馬一体の努力になる。馬と騎手との一蓮托生は時に友情を超えたテーマになり得るし、何より競馬は別れが、死が描ける。

この漫画は連載開始が20年前で、だいぶ前に完結している。地方競馬が舞台で、一度死んだ男が馬として生まれ変わるという←、コメディ寄りな設定。その為、主人公(シンガリイッキ)は人語を解し(喋ることはできない)、女性ジョッキーの胸に反応したりする。

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ジョッキーや厩務員との関係性

この漫画の最終目標は分かりやすく、「JC(ジャパンカップ)を勝つこと」。これは来世での生を優遇されたものにするためのエンマ大王との約束となっている。この点もコメディ色。ただスタートは地方競馬であり、その道は困難なものだ。
中身はだらしなく女好きな男のため、女性ジョッキーしか背に乗せようとしない。そのため専属といっていい女ジョッキーとの関係性は、序盤に置いてはよこしまな印象がある。しかしレースを重ね調教を積むごとに、そこに信頼や友情が芽生え始める。
作者の前作がソープ嬢を主人公に人間模様を描いた物語ということもあり、エロの描写がわりと多いのもこの漫画の特徴になっている。ジョッキーとは言葉のやり取りをすることはない。

主人公は喋ることはできない為、人としての意思を伝える際は文字を使ったものとなる。この文字を使ってやり取りをする主要な登場キャラクタは厩務員の男になる。厩務員の男はシンガリイッキのことを「先生」と呼び、馬と厩務員の関係性も帯びつつ、成人男性どうしのやりとりも交わすという変わった描かれ方をしている。

ジョッキーや厩務員以外にも様々な人との関わりが描かれるわけだけど、「人語を解する」というこの漫画の特徴よりも「中身が成人男性」であることのエロ描写の方が好みの別れるところかもしれない。

予想屋の存在

序盤からこの漫画の解説ポジションとして競馬紙の記者の存在がある。この記者は解説と進行補助のようなポジションで描かれる。競馬紙といったら競馬情報・予想を読むためのものだけど、この漫画では予想屋の存在も多くはないものの描かれる。こちらは紙面ではなく、競馬場で予想をして生計を立てる予想屋。この地方競馬にあって中央には無い予想屋の存在はなかなか面白く、この漫画のちょっと変わった彩りとなっている。

今だと『ウィナーズサークルへようこそ』のような競馬予想をメインに扱った漫画もあるけど、初めてこの漫画を読んだときは予想屋の存在は新鮮に映った。

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熱いライバル関係

ライバル関係が熱いのはこの競馬漫画に限った話ではないのだけど、『イッキ!!』は主人公の中身が人であることもあって、同じ土俵で戦う人と馬のライバル関係というか、ちょっと不思議な関係性になっている。

序盤のライバルはフェアリークロスという馬。「ぷひ〜」と鳴く様が可愛い牝馬なのだけど、強烈な勝負根性を持ち合わせていて何度も主人公の前に立ちはだかる。この馬とのライバル関係は作中でもある意味特別で、作品のラストにも影響を与えている。

中盤では初めてのJCを前に現れる岩手の怪物や、海外からの刺客、同じ境遇の馬などとの競争が描かれる。この初めてのJC挑戦が5巻6巻なのだけど、中盤にして最終目標であるJCに前脚をかけた形になった。中盤でこれならJC優勝もすぐだろうと思われた矢先に現れるのが幽霊戦闘機・ファントムフライ。この馬との戦いは正に死闘で、非常に見応えのあるレースになっている。

『みどりのマキバオー』と同時期に連載された同じ競馬漫画なわけだけど、マイナー紙での連載だったのもあってか低すぎる評価のまま今に至っている。この漫画もライバルとのレースが熱い漫画であることは間違いない。

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競走馬との「別れ」

子供の頃、『ダービスタリオン』という競馬ゲームが大好きだった。作中時間で2000年以上という膨大な時間をそのゲームに費やした。そのゲームの中に「ライフシャワー」という馬がいた。長距離が強く、ゲーム内で何度も負かされた馬。実在する「ライスシャワー」という競走馬がモデルだった。

中学生の頃、G1の宝塚記念というレースをTVで観ていた際、第3コーナーでライスシャワーが崩れ落ちた。まさに「崩れ落ちた」という形容が似合うその様に、只事でないことは子供心にも分かった。ライスシャワーはその場で予後不良処分が取られた。

読んでいてあの瞬間を思い出した漫画は、この作品に出てくるフェアリークロスという馬との別れのシーンだけだ。そして主人公(シンガリイッキ)の最後のレースでの決断も、それに通ずるものがある。


全9巻。こういう漫画こそ掬い上げて電子書籍になったらいいなと思う。もしくは絶版マンガ図書館あたりで扱ってたくさんの人が読めるようになってほしい。

イッキ!! 8 (ヤングチャンピオンコミックス)

イッキ!! 8 (ヤングチャンピオンコミックス)


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