必需品ブログ

安全ではありません

脳内同窓会2015

 成人式後、高校のクラスメイトで同窓会をした。3年時、同じクラスだった40人。欠席者はたったの2人だった。それは凄いことだ。

僕の通っていたのはキリスト教系の進学校だった。よくいうヤンキーなんていう奴らはいなくて、今思うとみんな、静かすぎるくらい静かだったと思う。けど、卒業から6年を経過したみんなは、想像以上に変わっていた。

「よう必需品、お前、今なにしてんの?」

学級委員だった川松(通称ガリ松)が僕に話しかけてきた。僕は、あんなに真面目だったガリ松にお前呼ばわりされたことがちょっと気に触ったけど、久々の再開でそんなことを気にするのはつまらないことだろう。フリーターをしながら漫画を描いてるよ、とは言えず、バイオリニストを目指して単身パリにいると答えた。

「へー、まだバイオリン、続けてるんだ」

そういうとガリ松は、笑顔ともイラ立ちとも取れる微妙な表情をした。僕は少し気になったけど、かまわず聞き返した。

「そういうガリ松は何してんだよ今」

ガリ松は、気恥ずかしそうに答えた。

「ああ、俺はいま、寿司屋で寿司握ってる。それだけじゃ食っていけなくてさ、朝はパン屋でパン焼いてるよ」

僕はそんなガリ松の返答にちょっとびっくりしつつも、あの夏の休み時間、寿司について熱く語ってくれた彼のことを思い出した。

「そっか。夢叶えたんじゃん。大変だろうけど頑張れよ」

「ああ、ありがとな。」

ガリ松は、テレながら僕のところを後にした。あのガリ松が、か。人は変われば変わるもんだ。いや、僕が彼のことを分からなかっただけなのかもしれないな。人は肩書きに目を奪われがちだっていうけど、僕もガリ松と接するとき、学級委員という肩書き込みで接していたのかもしれない。当時から彼の瞳の奥には燃えるようなエロスがあったこと、気づいてなかったわけじゃないのに。同窓会の会場となったパーティーホールの窓辺にたたずみながら、僕はそんなことを考えていた。

「なーに考え事してるの?」

そこに、クラスで一番個性的な女の子、小村先さんが話しかけてきた。小村先さんは、ドラクエのモンスター、爆弾岩に似ている。

「えっと、いや別になんも考えてないよ」

僕は小村先さんの言葉を受け流す。まともに戦おうとすると、時たま彼女は自爆するのだ。

「もう!必需品くんって、相変わらずそっけないんだね!ぷんぷんだよ!」

小村先はどういうわけかげんこつを二つ作ると、頭のてっぺんを「ぷんぷん」と言いながら2回叩いた。僕は、反抗期もない子供として親にも面倒をかけること無く育ってきたけど、この瞬間に初めて人を殺す人間の気持ちが分かった。

「あ、そういえば必需品くん、3ヶ月前の式こなかったよね。なんかあったの?」

小村先が言った。僕はなんのことか分からなかったので「え、なんのこと?ゴ‥じゃなくて小村先さんはそれ行ったの?」と聞いた。思わず、「ゴミ」と言いそうになったけど、なんとか誤魔化した。

「うん私は行ったよ。必需品君、光苔くんと仲良かったから当然いるもんだと思ってたのにいなかったからどうしたのかなって。」

「マジかよ、全然聞いてないよ、ちょっとショック。まさかあいつ、結婚したりなんかしてないよね?」

僕がそんな言葉を口にすると、小村先の顔色が変わった。

「・・・・え、まさか、光苔くんのこと、聞いてないの?」

「なんだよ聞いてないけど。一体どうしたっていうんだよ」

「・・・・」

「なんだよ、お前らしくないじゃん。言えよ。どうせくだらないことなんだろw」

「・・光苔くん、・・死んだんだよ・・・」

「・・・・・え・・」

「・・・・バイク事故、だったんだよ・・」

小村先が、俯きながら言った。

詳細はこうだった。光苔は無免許で、バイクに跨ったらしい。乗り物は電車が一番だと言っていた奴なので意外だったけど、それは事実ということだ。そして、ハンドルを強く握り締めようとした際、悲劇がおこった。光苔の汗っかきが災いし、ハンドルから手がすべり落ちたのだ。光苔は、その勢いで十字架に貼り付けにされたキリストのように腕を横に広げ、両側の壁に左右の掌を激しくぶつけたらしい。そして、そのショックで死んだ。即死だった。

「う、嘘だろ、光苔に限って、そんな馬鹿な死に方、するわけねえじゃねえか!!」

「でも現実だよ!光苔君、ショックに弱い身体だったんだよ!高校の時だって、無理して苦手なキンピラ食べたら、ゲロ吐いて泣いてたじゃん!!」

「確かに泣いてたけど!!」

僕は、当時の情景を、まざまざと思い出した。キンピラを食べて、ゲロを吐いて泣いていた光苔。それを恥ずかしがって、無理して笑顔浮かべてたっけ。そしたらキンピラ、今度はノドに詰まって…。光苔、パニックになっておしっこ漏らしてた。

「そうだよ、光苔くん、おしっこ漏らしちゃってさ・・・」

「・・・」

「ねえ、必需品くん」

「・・なんだよ」

「あん時、光苔くんがおしっこ漏らしたあの教室、みんなで見に行こうよ。」

「・・え」

小村先は、信じられないことを言い出した。「今あの場所見なきゃ、私たち、絶対後悔するよ!」そんなことを言いながら、クラスのみんなに声をかけている。

「うん、そうだな、行こうぜ、今いかなきゃ、絶対後悔する!」

「確かに、確かにそうだね!行こう!あのおしっこの場所に!」

「うん!あのおしっこの場所に!!」

クラスメイトが続々と名乗りをあげだした。僕はなんだか、胸が熱くなるのを感じた。今行かなきゃ後悔する。クラスみんなの心が、ひとつになるのを感じた。

パーティー会場から、僕たちはあの場所へと向かった。みんな、汗だくで走った。空き缶を、蹴って走った。
「この空き缶、教室まで蹴り通せたら、俺たち不老不死!」
誰かがそんなことを言うのが聞こえた。僕は、こみ上げる涙を、止めることができなかった。
「光苔、なんでなんだよ!光苔!!」
また誰かが言うのが聞こえた。それに呼応して、他のみんなも声を出して光苔の名前を叫びだした。

「ヒカリゴケー!ヒカリゴケー!!ヒカリゴケー!!ヒカリゴケー!!!」

空は赤く染まって、ビルの向こう側に太陽が沈もうとしている。走る僕たちの影は長く伸びて、空がやけに低く見えた。

学校に着くと、あたりはすでに薄暗かった。校庭が沈んで見える。

「窓ガラス割って、中入ろうよ!」

小村先が、またしても信じられない提案をしだした。
「うん、そうしよ!一枚ぐらいなら大丈夫!」
しかし、クラスのみんなも、ちょっとおかしくなっている。手ごろな石を握りしめると、窓ガラスに向かって投げ始めた。いたるところから、パリンパリンという音が聞こえる。
「よし、みんな行こう!」
一番のりした誰かに続いて、みんなは校舎の中に入っていった。僕も続いた。僕らが授業を受けていたのは、3年1組の教室。みんなであの場所へ向かう。
「一番最初に教室に着いた奴、マジ一生金に不自由しない!!」
また、誰かがそんなことを言った。うぉおおおおおと、地鳴りのような音が通り過ぎていく。僕は同窓会に来た時、みんな驚くくらい変わったと思ったけど、実際はそんなことなかったんだな。みんなあの頃の、青かったあの頃のまんまだ。

少し遅れて教室に着くと、そこにはみんなが集まっていた。卒業間際の自分の席に、それぞれが腰掛けている。中にはどこから見つけてきたのか、カッターを使って机に自分の名前を掘り出している奴もいた。

しばらくみんなのことを眺めていた僕だったが、ふと、小村先が眉間にしわを寄せ、腕組みをしているのが目についた。

「おかしい、おかしいよ」

小村先が言った。

「何がおかしいっていうんだよ」

僕が言い返す。

「だって、おかしいよ。光苔くんがおしっこもらした場所、こんなに広くなかったもん!」

僕はハッとした。そうだ、光苔が漏らしたのは、3-1なんかじゃない!あれは、音楽準備室だったんだ!

僕は踵を返して走り出した。なんでなんだろう、今すぐ、今すぐあの場所へ行かなきゃいけないような気がする!!
僕が走りだすと、また後ろのほうから、うぉおおおおという地鳴りが聞こえてきた。どうやら、みんなも付いてきたらしい。へへ、おかしいよね、あの準備室には、こんなに人、入れるわけないのに。僕はもう、涙で前が見えなかった。すすり泣く声が、いたるところから聞こえてくる。もう、僕たちはあの頃へは戻れない。光苔だって、もういない。けど、だけど今だけは、あの頃と同じ気持ち、みんなで共有できてるんじゃないかな、なあそうだろ光苔!!!
僕は一番に音楽準備室に着くと、引戸を勢いよく開いた。ホコリと一緒に、木の香りが鼻に入ってくる。ここが、ここが目的の場所。俺が一番乗りだ!
そう思って中を見ると、そこにはガリ松がいた。

「え、ガリ松?」

ガリ松は前かがみになりながら、何かを必死に動かしている。

「光苔!俺にできることなんてこのくらいだ!受け取ってくれ光苔!!」

ガリ松はそう言いながら、寿司を握っていた。「俺にできることなんて、このくらいしか、このくらいしかないんだよ!!」そう言いながら、一貫、二貫、三貫、四貫と。

そのうち、準備室の外の廊下に、クラスのみんなが集まってきた。ガリ松のその姿を眼前に捉え、ひざをつく者、泣き崩れる者、各々が各々の感情を表現している。ガリ松はその最中にあっても、手を動かすのを止めようとしなかった。「もういい、もういいんだよ…」そんな声に耳を傾けることもなく、ひたすらに手を動かし続けていた。

僕は、ガリ松の肩に、そっと手を置いた。そして、シャモジを手に、酢めしを混ぜ始めた。

「お前・・・いいのか、それはバイオリンを握る、大切な手だろ?」

ガリ松が呟いた。俺は、首を振った。

「いいや、これは、Gペンを握る、大切な手だよ。」

ガリ松は、一瞬手を止めたが、「そうか」といった後、もう一度動かし始めた。気がつくと、クラスの男子みんなが、寿司を握っていた。

「じゃあ、私たちは歌う!光苔くんのためのとっておきの賛美歌!私たちは歌うよ!!」

小村先はそういうと、他の女子と一緒に、レベッカの「フレンズ」を歌い始めた。


音楽準備室の楽器たちも、どことなく嬉しそうだった。
 


REBECCA フレンズ PV 1985) YouTube - YouTube