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安全ではありません

『ちーちゃんはちょっと足りない』雑感

 オムニバス短編集『空が灰色だから』で名を馳せた奇才・阿部共実初の長編ものということで、期待して読んだ。素晴らしかった。単巻ものとして珠玉の出来だと思う。

 

 ちーちゃんこと千恵と、ナツ、旭(あさひ)は、女子中学生3人組。千恵とナツは同じ団地に住んでいる。
 序盤はアッパーでアホな千恵のキャラクタで物語が引っ張られる。相変わらずギャグ作家としての言葉選びもキレキレ。いくつか切り取ってみる。

 「つっこみどころが多すぎて どこから入刀しようか迷うな」p23

 「史恵ちゃん!大衆の面前でカウンターで合わせるのは酷だよ!」p74

 「違った!こいつは勝利の咆哮だ〜ッ 思わず歓喜が体から漏れだしたダンスダンスダンス!」p80

 「もうちーちゃん おはしが武闘派シーフのダガーナイフの持ち方みたいになってる!」p145

 たまらん。
 阿部共実の天才性は言葉選びも去ることながら、キラキラした希望も仄暗い絶望も変幻自在に描き分けられる点にある。今回も3話まではコメディ。4話で話が動き出す。

 ナツ「奥島くんも如月さんも旭ちゃんも頭良いし教え方上手で優しいし しかもみんな恋人いるし 私なんか私なんか」

 カバーを飾るのはポップな千恵だが、中盤以降実質的な主人公はナツに切り替わる。ナツは思う。「私とちーちゃんはなんでいつも一緒にいるんだろう」。小学生の頃を思い出す。

 「図書館の本を処分するので欲しい人は1人1冊持って帰りなさい」と先生。『ふしぎの国のアリス』が欲しいナツ。しかしみんなに人気のタイトルの為、大人しいナツは貰えそうにない。そんな中、千恵がむりやり本をとって来てナツに渡す。「なんで?」とナツ。千恵は答える。

 「いっしょだから!だんち」


 話は現在に戻り、千恵と一緒に坂を上って景色を見た時、ナツは思う。

 「なんか別にどうでもいっか なんだかこの町もこの生活も大して悪くないのかも」

 「なんだか私たちって 今一瞬だけ世界で一番美しい2人だったかも」

 ここで終わればハッピーエンド。キラキラを描く方の阿部共実なのだけど、物語の世界観はここから急転する。


 「みんな知ってるんだ 私のお母さんそんなこと教えてくれなかったな 底辺だ バカで貧乏な私は品性まで欠けてて親の差まである どうしもようないな」

 終盤、千恵はナツを喜ばそうと、犯罪に近い行為に手を染める。それを咎め、一緒に謝りに行く旭。千恵と旭、謝った相手の間には友情が生まれ、一つの成長が描かれる。そんな中、ナツは蚊帳の外。

 「何も手に入らなかった 残ったのは惨めさと罪悪感だけだ」

 「ずっと思ってたよ 本当は私みたいなつまらない人間なんかと一緒にいたくなかったんだよね旭ちゃん」


 最終話。旭との関係は遠のいてしまったが、千恵とナツの友情は続く。だけど千恵の成長が描かれる中で、ナツは成長を拒否する。

 「私たち ずっと友達だよね」

 「うん」

 アホだけど成長する千恵と、変われないナツ。友情を描いてはいるけど、いつかナツは千恵に置いていかれる。別れが来る。

 …なんつー読後感か。初の長編一冊の中でも、希望と絶望、どっちも描き切った。成長する表の主人公と、成長を拒否する陰の主人公。ラストシーンで微笑み合う2人のコントラストがやばい。


 好みは別れるんだろうけど、俺はこんな文章描いてしまうくらいには好きな作品だった。阿部共実の才能は凄いわ。



 Web上で初期の短編が読めるので、合うかどうかのテスターにいいかも。
「大好きが虫はタダシくんの」漫画/アベ [pixiv]


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