必需品ブログ

日記でしかない

公園飲み

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先日、いい歳をしたどうしようもない大人たちで、公園で飲むという機会があった。こうなる経緯は少し遡る。

支持しているサイトがあったのだ。今のように、面白いものを作れる人たちが集まって、例えばオモコロのような場所が作られる前の時代。Twitterやブログのように、個人が手軽に発信出来るメディアが作られる前の時代。そこにはあったのだ、テキストサイトという、何かしら悪い業に駆られた存在が、血迷ったようにテキストを綴る古のネット文化が。

その中に、Nというテキストサイトがあった。このNというサイトは、pという傍目には異常者に見える存在によって、日々更新されていた。pはただ人を楽しませることを綴るのが自らのカルマだとでも言わんばかりに、とちくるったように文章を書いていた。かつてそれを読んでいた僕は「ネットには異常者がいる」と思い、ある種の憧れと畏怖を覚えたものだった。

ネットにいる異常者にも種類があるが、俺がその場所で憧れた存在に共通するのは、自らにかけたテキストの呪いだ。繰り返し表現した結果なのか、もっと前から決まっていた逃れられない何かなのか知らないが、彼らはその場所に何年も留まり、ただひたすらにタイプしていた。

俺が憧れたネット存在の中でpが異質なのは、まず「リアルの場所を作れる」ということだ、彼は”個”で現実の世界にも場所を作れる。ネットで面白い表現をしていると俺が感じた存在の多くは、少なくともテキストに関しては、社交性を犠牲にして得た対価のように思っていた。だがpは違う。インにならない。少なくとも、インになっているようには思わせない。

現実の場所に人を呼べてコミュニティを形成しそれをたった一人で維持した上で自らが良質の表現をし続ける。まあ良くいい過ぎればそういった存在がNのpで、そういう旗の元に集まった社会不適合者により開催された夜会が表題の公演飲みだったわけだ。

平均年齢はおそらく30くらい。人に愛され、未来が開き、世界に好かれている存在はこの場所に集えない。言ってみれば泥だ、人の形をした泥が砂の上で卓を囲み、缶の酒を分かち合っている。普段は地を這い、涙は枯れ、前に進むことも出来ず空を睨む存在。そういった地獄の衆で打ち交わす酒は思いのほか美味く、できればこの場所で花火を打ち上げたい、なんなら花火ごと打ち上げられたいと思ったりしたのだった

昼からの公園飲みに途中から参加しまあ空が黒くなるまで続いたわけだが、その後居酒屋へ移動し2次会的なこととなった。正直に言うと、公園飲みの方が楽しかった。風変わりだったのもあるだろうし、座に腰を据えるより動きを交えた飲み会の方が本来は楽しいものなのかもしれない。なんだよ動きを交えた飲み会って。

なんとか終電に乗りその日を後にしたわけだが、結局3駅を乗り過ごし、降りた駅のアスファルトで1時間半ほど寝ることとなった。目覚めるとAM:3:00。一駅進もうと歩き出すも思いのほか駅間が広くまた荒川を越えられず、太陽が昇ってからタクシーを捕まえて下車した駅まで戻り3駅揺られて自宅へ帰った。犠牲の多い飲み会だった。